抱擁

 オレは俺の中で消えかかっていた。
 不意に目覚め、今まで意識が無かったことに気付く。だがすぐにまた意識は途絶え、また目覚めて、意識が無かったことに気付く……その繰り返しの中でいずれそう遠くない日にオレは消えるのだと自覚していた。消えるということは死と同じだ。自覚はしていたがオレは覚悟も諦念もしていなかった。
 だから自分の弱さに押し潰されそうになっていた俺に代われと囁きかけた。
「佐伯、ちゃんと味わって飲め」
 手にしたグラスの中の赤い液体を流し込むようにあおったオレの耳を御堂さんの柔らかい声が打った。赤い液体、ワインは熱く喉を焼いたがいつも飲んでいるビールのような刺激がないせいで現実感がない。
「全く……君はやはりワインよりビールかウイスキーか」
 くすくすと楽しそうに笑いながら御堂さんが立ち上がった。手を伸ばして御堂さんの腕を掴みたいと思ったがすり抜けてしまいそうで体が動かない。
「どちらがいい?」
「何が……」
「もう酔ったのか?佐伯」
 屈み込んだ御堂さんの指がオレの肩に触れた。シャツ越しに指先のほんのりとした温かさを感じる。
「御堂さん」
 温もりがこれは現実だと教えてくれたような気がした。すり抜けないと確信して手を伸ばす。オレは御堂さんを抱きしめた。
 胸元に顔を埋め鼓動の音を聞きながら体温と体臭を感じると幸福感と絶望感が交互に訪れる。
「御堂さん、オレを愛していますか?」
「本当に酔ってるな。もちろんだ。佐伯、愛している。君も私を愛してるか?」
 愛しています。そう答えたいのに声が出なかった。幸せそうに微笑みながらあやすようにオレの背を撫でる御堂さんをオレはいつまでも抱きしめていたい、そう思っていた。

3作目です。『消えたとしても』は哀しくてやりきれないけどラストの御堂さんの笑顔が綺麗すぎて……
マジ泣きしてしまったエンドです。佐伯、御堂さんを置いてくなんて酷いよ……(ノД`)・゜・。