本多と写真

「社長椅子っていえば普通はもっと豪勢な感じだろ!」
「うるさい」
 終業時間後、藤田が帰宅し佐伯とふたりっきりになったAAにいきなり本多が訪ねて来た。本多は遠慮なくずかずかと上がり込むと席についている佐伯の傍まで行き、佐伯と同じ椅子に無理やり座ろうとし始めた。
「やめろ、本多!狭い!」
「全くだぜ、克哉。社長椅子は余裕でふたり座れるくらい広い椅子にしとけよ」
「何をいってやがる。この馬鹿!」
 ゴリゴリと身体を佐伯に押し付ける本多の顔を佐伯は思いっきり掌で押しのけて悪態をついていたが、すこぶる楽しそうだった。
 私は佐伯の席に緩慢に近付くと前に立って、にっこりと笑った。
「君たちは仲がいいな。ああ、親友同士だったな。ゆっくりとスキンシップを楽しみたまえ。私は先に上がらせてもらう。では社長、また明日」
 声が震えないように気を付けながらそう言って礼をすると踵を返す。
「おう、お疲れ様っす。御堂さん!」
「ま……待て、御堂!」
「残業なら俺が手伝うぜ、克哉」
「違う、黙れ!おい、御堂!この馬鹿はすぐに帰るからちょっと待て!」
「馬鹿はねぇだろ。それに今来たとこだぜ」
「うるさい!用もないのに来るな!帰れ!」
「ひでぇな。克哉が見たがってた俺の恥ずかしい写真持ってきてやったっていうのによ」
 身体がびくりと震えて思わず立ち止まってしまった。本多の恥ずかしい写真だと?どういうことだ?
「おい、誰がいつお前の写真を?」
「前からずっと見たいって言ってただろ、お前」
「覚えがないな」
「もーまたぁ!そんなこというなよー」
「気色悪い」
「ほら、これ」
 後ろでがさごそと音がする。本多が写真を取り出しているのだろう。私は振り返ることも立ち去ることも出来ずに固まっていた。
「ほう……なるほど」
 佐伯の賛辞を含んだ声がして私は自分の手足が急速に冷たくなっていくのを感じた。まさか、佐伯は本多のことを……
「御堂さんも見ますか」
「克哉!や、やめろよ、恥ずかしいだろ!」
 まさか、そんなはずはないと思っているのに視界が暗くなっていく。
「御堂、大丈夫だから、見てごらん」
 いつの間にか佐伯が後ろから私を抱きしめるようにして手をまわしていた。私の目の前に写真をかざす。
「これは……」
 写真には額に入った賞状を手に照れ臭そうに笑う本多と彼を囲むようにして笑顔で立つ人々が写っていた。
「本多が川に落ちた老人を助けて表彰されたことがあるっていうから証拠を見せろって言ったことがあるんですよ」
「これが、その……?では、恥ずかしいというのは……」
「十分にそれ、恥ずかしいだろ!あんまり、人には言わないでくれよな、御堂さん」
 写真の中と同じ笑顔で頭を掻く本多を見て、改めて悪い青年ではないのだと思う。なのに佐伯と仲がいいから好きになれないなんて私は心が狭くて醜い。
「大丈夫だ、御堂」
 佐伯が自己嫌悪に震える私の身体をぎゅっと抱きしめた。

悪気のない本多と妬いてグルグルな御堂さんと本多を殴りたい眼鏡克哉です。
佐伯と本多のからみは書いてて楽しかったですw