我が王

 食べても食べても満たされない。

 真紅の長椅子ににだらしなく身を沈めた鬼畜王のだらりと垂れ下がった骨ばった指先からはぜた柘榴が転がり落ちた。
 すり寄るように足元に転がってきたその柘榴を拾い上げると、私は匂いを嗅ぐように鼻先に翳した。
「退屈なさっておいでのようですね」
「お前には俺が退屈しているように見えるのか」
 私の問いかけに眉を上げて皮肉な笑みを浮かべる鬼畜王が心底、私を軽蔑しているのを感じ取って私の心が歓喜に似た何かでざわついた。
「失礼致しました。退屈ではなく倦み疲れておられるのですね」
「ああ、うんざりだ。お前もこの部屋も観客も奴隷共も」
「趣向を変えれば、お愉しみになれます」
「またそれか」
 手を振って私を追い払う仕草をする鬼畜王に向かっていつもの提案を口にしながら『お愉しみになれないなら貴方には存在価値がない』と心の中で囁く。
 ここは快楽に支配された者たちが集い踊る場所。愚かで凡庸な大衆は疑問を抱いたりしないが、王ともなれば別格で鬼畜王は時折この世界に身を置いていることの虚しさを嘆いた。その度に自身が王から奴隷に成り下がる危険に晒されていることに王は気づいていない。
 最も、現鬼畜王の佐伯様は完璧なお方。奴隷に身を窶す事になればいずれはペルソナにその身を渡すはず。そうなればその間に鬼畜王たる佐伯様は佐伯克哉の内なる場所で熟成され、再び鬼畜王の称号に相応しい方となるだろう。佐伯様は永遠なる我が王なのだ。私の身体の中心がぞくりと快感に蠢いた。
「今宵は…そうですね。この世のものとは思えない、美しい場所をご用意致しましょう。お供になさる奴隷をお選びください」
 鼻を鳴らして立ち上がり王は暫し思いを巡らす。皮肉に満ちた王の思考は景観に眼を奪われ、感嘆する奴隷を選んだりはしない。
「御堂を連れて行く」
 短く王は私に告げた。

 その回廊の入口に立つと私の存在を察した者たちがカーテンの向こう側で身悶え始める。赤く爛れた内臓のように淫らに蠢くカーテンの向こう側にいるのは、ここに囚われ戻れなくなった観客と歴代の全ての鬼畜王の成れの果てとその奴隷たちだ。微笑を浮かべて回廊を進む私の頬を情欲に濡れた彼らの吐息が弄る。彼らが求めているのは無論、私ではない。
 やがて私は他に比べると随分と動きの鈍い、まるで細波のように震えている一枚のカーテンの前で立ち止まった。ゆっくりとカーテンを開き、するりと中に身を滑らせると絶望と羨望の入り混じった溜息が木霊のように回廊に満ちる。
「王がお呼びです」
 性器を晒し涎を垂らして仰向けに横たわる奴隷、御堂が王という呼称に虚ろな瞳をこちらに向けた。

 首輪を引かれ、尻の穴に玩具をねじ込まれた御堂がよたよたと四つん這いで王の後について行く。
「あっ、ああっ、あひっ」
 紅潮し涎と舌を垂らした御堂の歪んだ顔を時折王は眼を細めて見つめた。幻想的で美しい景色に不似合いなだらしのない奴隷の様子に王はご満悦だった。
「いかがですか」
「悪くはない。ほら、御堂、ちゃんと歩け!」
「ひぃっひぐぅっ!」
 王の強い声に大げさに身を竦める御堂を嘲笑う王の横顔に私は感嘆の声を漏らした。
「貴方は本当に素晴らしい方です。ああ、我が王よ。愉悦と苦痛の入り混じった貴方の感情は至極の味わい。御堂孝典から、その輝かしい人生を奪ったことに対するかすかな後悔と、惨めな彼の様子に悦楽を感じる心と、そんな自身への嫌悪感と、これでいいのだという身勝手な自己肯定。相反する感情のせめぎ合う貴方こそがまさに極上の果実。ああ、貴方は食べ尽そうとしても食べ尽せない…」
 迸る私の言葉を王が視線で止めた。
「お前は食べても食べても満たされないだろう?Mr.R?」

 ああ、そうです。我が王、私もまたこの世界に囚われた道化なのです。

久しぶりのワンライです。
出だしの数行を以前書いていた上に遅刻してしまったのに何だかぶつ切りな終わり方に…orz
鬼畜王佐伯が御堂さんを苛めてるところを詳しく書きたかったです。
君臨する場所の御堂さんも可愛いなぁ(*´Д`)ハァハァ