カップ麺を貴方に

 真夜中。俺は切りのいいところで仕事を中断すると、書斎を出てキッチンに向かった。
 ケトルに少量の水を入れ火にかける。ほどなくして沸き上がった湯をストックボックスから取り出したカップ麺にゆっくりと注いだ。ふわりと醤油の香りを含んだ湯気が鼻先を掠めて俺の食欲を刺激する。
 ミネラルウォーターと箸を先にリビングに運んでから、いい具合に蒸れたカップ麺を持って俺はソファに掛けた。テレビの電源を入れて音量をオフにする。笑顔の役者が無音で商品の紹介をするCMを見ながら俺はカップ麺をすすった。旨い。
「何の匂いかと思ったら、そんなものを……身体に悪いぞ」
 ふいに声をかけられ、俺は口から麺をはみ出させたまま振り返った。パジャマ姿の御堂が眉をひそめて俺を睨んでいた。
「起こしてしまったか?」
「いや、そんなことはない。それより、小腹が空いたならカナッペか何かにしたまえ」
「カップ麺、手軽で旨いんですよ」
「そんなものが美味しいとは思えないな」
 御堂は嫌悪も露な侮蔑の視線を俺のカップ麺に落とし、吐き捨てるようにそう言った。
「思えないって……もしかして、カップ麺食べたことないんですか」
「当然だ」
 腕を組んで尊大に胸を反らす。
 今時、カップ麺を食べたことがないのが当然とは思えないし、なぜ威張るのか全くわからない。
 御堂のことをよく知らない頃なら『セレブ自慢の嫌な奴』と思ってしまいそうな態度だが、今は意外なところで御堂は世間知らずだとわかっているので、7歳年上の恋人の子供っぽさに頬が弛む。
「食わず嫌いはよくありません。食べてみてください」
「嫌だ。身体に悪い」
「そうかも知れないが、災害支援物資にもなってるんだぞ」
「それは……」
「いいから食え」
 きつく言うと御堂は嫌そうな顔のまま俺の隣に座った。手を伸ばして俺が持つカップ麺を取ろうとするのをひょいとかわす。
「君は!食べてみろって言わなかったか?」
「言いました。俺が食べさせてあげます。あーんしろ」
「全く……」
 御堂が諦めたように肩を落とす。
「ほら、口を開けて、あーん」
「んっ……あーん……」
 ほんの少し遠慮がちに開いた御堂の口に麺を入れた。
「んんっ」
「どうです?」
 御堂の咀嚼を横目で見ながら俺も麺を頬張った。
「んっ、思ったより……」
「美味しいですか?」
 俺が問うと御堂の頬が薔薇色に染まる。
「わ、悪くはない」
「スープもどうぞ」
 言いながら御堂の口にカップを寄せてゆっくりと傾けた。
「んっ……ふ」
 咽ないように慎重にかたむける。含みきれなかったスープが一筋、口の端から垂れた。
 コクリと飲み込んだのを確認して、俺は御堂の口の端から垂れたスープを舌をベッタリと頬につけて舐めとった。ビチャリと湿った音が耳を撫ぜる。
「は……あっ!やっ……」
 御堂はあえかな声をあげると、身を捻って俺から距離を取った。慌てた仕草でティッシュを引き出し、ごしごしと頬を拭く。瞳を上げて俺をきつく睨んだつもりのようだが、縁の染まった眼は甘く潤んでいた。
「スープもいけるでしょう?」
「知るか!馬鹿!」
「御堂さんの初めてのカップ麺、俺の手ずからになりましたね」
「ばっ馬鹿……っ」
 にっこり笑ってそう告げると御堂は首筋まで赤くして俯いた。
 スープの油分で光る唇が小さく震えて、淫らに俺を誘っているようだった。

御堂孝典生誕祭2015年の記念SSひとつめです。
お昼にカップ麺を食べてて思いついたネタをSSにしてみました。何番煎じだとは思いますが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。御堂さんのお誕生日間近なので、もうすぐみど誕のお祝いSSです。
余談ですが……後日カップ麺を食べてみた御堂さんが「ん?今日はあまり美味しくないな。あの夜は美味しかったのに……」とか思って、佐伯を思い出して赤面してると可愛いと思います。