食事とドライブと

 その日は食事とドライブを約束して御堂を早めに帰宅させ、1時間程経ってから俺も家に戻った。

「ただい……ま」
 玄関のドアを開けると御堂が壁に背をつけて腕を組んで立っていた。眉を寄せて眼を眇め、俺を睨みつけている。長い睫に覆われた不機嫌そうな瞳と尖らせた唇の傲慢そうな様はとても魅力的でつい、にやけそうになるが、俺は口許を引き締めてわざと渋面を作った。
「ただいま、戻りました。どうかしましたか?」
「君は最低だ」
 言い捨てて足早に奥へと入って行こうとする御堂の後ろに俺はぴったりとくっつくいて、続いた。
「何です?俺、何かしましたか。心当たりないんだが」
 白々しい俺のセリフに御堂は、ぷくっと頬を膨らませる。

 スッキリと整った顔立ちとスマートな長身に上品な身のこなし、シックな服装。
 御堂は表情の変化に乏しい人物という印象を持たれがちだが、実際はむしろ逆で、思ってることがすぐ顔に出るタイプだ。御堂の豊かな表情は実に鮮やかで、育ちの良さゆえのどこか危うい立ち振る舞いと相まって、並ならぬ魅力をもたらしていた。それに惹かれるのはむろん俺だけではなく、俺としては手放しで喜べない場合が多い。

 まあ、それはともかく今は「なんて察しの悪い頭の悪いやつだ」と言わんばかりの軽蔑の眼差しを俺に向けていた。かつて俺の劣等感と嗜虐心を強烈に刺激したあの表情だ。
「そんな可愛い顔で睨まないでください。今朝、社員の眼を盗んでキスした件ですか?それとも、お昼休みに尻を撫でたことですか。今日はオフイスで致してないから……」
「黙れ!馬鹿!君は本当に最低だ!」
 耳まで真っ赤になって更に早足で歩き出した御堂に遅れることなく俺はほぼ密着して歩いた。
「ちゃんと言ってくれないとわかりません」
「うるさい!もういい!」
「そうですか」
 俺が立ち止まると勢いで3歩ばかり進んでから御堂も立ち止まった。
「…………」
 振りかえり、揺れる眼差しのまま俺の名を呼ぼうとしたが、吐息だけ残してきゅっと唇を閉じるときつく俺を睨め上げた。
 俺が不機嫌な素振りを取ると大抵、御堂は怒っていても年上らしく自分の気を鎮め、俺をあやすように宥め始めるのだが……今夜は相当にご機嫌斜めらしい。悪ふざけは程々にすべきかも知れない。俺は御堂の腰に手を伸ばして優しく抱きよせると御堂の大好きな低めの声で囁いた。
「御堂さん、俺に至らない所があるのなら話してください。ね、取り敢えず、予定通り食事に行きましょう。今夜は早く上がれたので食事のあとのドライブもゆっくりできますよ。御堂さんの車で……」
「絶対に嫌だ!!」
 思いがけず強い声で拒絶され腕に力がこもる。
「佐伯っ!苦しい!離せ!」
「ああ、すまない」
 謝罪と共に緩めた俺の腕の中からすり抜けると距離を取って、御堂は少し怯えた表情を浮かべた。
「御堂さん、今夜は別々に食事がいいですか?」
「違う、そうじゃない」
 御堂が首を振る。
「座って話しましょう」
「……ああ、そうだな」
 俺は御堂と並んでソファにかけた。左手で御堂の手を握り、右手の指先で手の甲をくるくると撫でる。繋いだ手に視線を落とした御堂から、緊張が抜けていくのを感じて俺はほっとした。
「その、さっきは、大きな声を出して悪かった。でも、君がいけないんだ。君が……私の車を……」
「車?」
 あの悪趣味な車……と続けそうになるのをぐっとこらえる。唯一の我慢しがたい御堂の欠点は自動車のセンスだ。あの車はあり得ない。最低最悪だ。
「君が私の車を嫌ってるのは知っている。だが、私だって君の愛車が大嫌いだから、それはお互い様だと思っている」
「そうですよね。俺の車、あんな車に惚れこんでる御堂さんから見ればさぞかし悪趣味でしょうよ」
「ああ、だが、それはお互い様だと言ってるだろ。私が我慢できないのは君が私の車を……」
「あんたの車を?」
 言い淀んで俯いた御堂を覗きこむと頬を真っ赤に染めていた。潤んだ瞳の艶めいた煌めきを見る限り、怒りで頬を染めているのではないようだが……
「き……君が車の中で事に及ぶのは決まって私の車なのは……わ、わ、わざとだろう!」
 御堂は顔を上げ俺をキッと睨みつけながら、後半かなり上擦った声で叫んだ。
 唖然とした後に、何か重大な失策で御堂を怒らせたのではと案じていた俺は安心からか、どうしようもなく笑いが込み上げてきた。それを必死で噛み殺し、必要以上に眉間にしわを寄せる。
「その顔……お、怒るってことはやっぱりわざとだな!ドライブのことを考えてたら、するときはいつも私の車だって気づいてだんだん腹が立ってきたんだ!君は、私の車なら汚れてもいいが、自分の車が汚れたり臭いが付いたりするのは嫌なんだ!あんな車が私より大事……あ、いや、違う、私の車より大事なんて!あり得ない!」
「御堂さんより大事なものなんて俺にはありませんよ」
「だから!そうじゃなくて、私の車でアレをするのはわざとだろう!」
「違いますよ。偶然です」
 誓って、本当に偶然だった。というか、移動距離が長い時は御堂が俺の車を嫌がるから、必然そうなっているのだが。
「わかりました。今夜は俺の車を使いましょう。食事、ドライブ、カーセックスのコースでいいですね」
「えっ!?いやっ、あの……」
「自分の車が汗染みだらけになろうが、ザーメンまみれになろうが、俺は全く気にしないってことを証明してあげますよ」
にんまり笑って肩を抱きよせると御堂は首をひねって顔をそらした。困った顔のままどう返事をすべきか、考えているようだった。

 今夜はいい夜になりそうだ。御堂がこっちを向いたらキスをしてやろうと俺は思った。

2017年8月1日から拍手お礼に置いていたSSです。
ふたりで出掛ける時は御堂さんと佐伯、どちらの車を出すことが多いのか、とか考えるのも楽しいですよね。