ネクタイ

「ほら、じっとしてろ」
 顎を上げた俺の首もとに視線を注ぐ御堂の薄い瞼に唇を落としたくなって身じろぐと、短く注意された。

 間近にある御堂の髪が優しく香る。
 金曜の夕刻、俺たちはリビングで身体を寄せて立っていた。俺はフォーマルスーツをまとっていたが、御堂は部屋着だった。柔らかい生地の襟もとから覗く鎖骨がなまめかしい。
「全く、君は数分もじっとしていられないのか?」
 少し笑いを含んだ声が楽しげで、俺の顔も緩む。

 御堂が俺のネクタイを結んでいる。長く白い指が踊って、するすると絹が滑る。それは丁寧で優雅な動きだった。今、御堂は俺の首をキュッと絞めることのできる太い紐を握っていて、俺はいわば御堂に命を握られたも同然の状態なのに『甲斐甲斐しく俺のネクタイを締める御堂孝典』は俺の支配欲を満たしてくれた。
「とてもいい気分です。御堂さん。毎日、お願いしたいなあ」
「馬鹿をいうな。今日は特別だ。君がウインザーノットは苦手だというから仕方なくだ。次からは自分で結びたまえ」
「本当に苦手なんですよ。御堂さんは俺のネクタイを結ぶのは嫌ですか?」
「そんなことはないぞ。こうすれば君の首を簡単に絞められるからな」
 小剣をグイッと引っ張ってニヤリと笑いながら、御堂が俺を上目遣いで睨んだ。どうやら御堂は御堂で支配欲を満たしているらしい。

「さあ、これで完成だ」
 俺の胸を軽く叩いて、後ろに下がると御堂は検分するように見た。
「悪くない。君はフォーマルも似合うようだ」
 ほんのりと染まった目許と傲慢な物言いが愛おしい。
「ありがとうございます。御堂さん」
「ん……っ! んふ……っ」
 距離を詰めると俺は御堂を抱きよせて唇を重ねた。
 あまり乗り気ではなかった今夜のパーティも御堂に絞めてもらったネクタイが胸元を飾るなら素晴らしいものになりそうだ。
「も……時間だぞ、佐伯。藤田が待ってるんじゃないのか」
 緩く下唇を吸って、くちづけを解くと震える声で御堂が告げた。
「ええ、行ってきます」
「成果を期待している」
「では、俺も。ご褒美を期待して頑張ってきます」
「馬鹿、何を言ってるんだ。変な期待はするな」
 頬を赤くして抗議する御堂に俺は声を上げて笑った。リビングから玄関へと歩を進めながらひらひらと手を振る。
「佐伯……」
 御堂が俺を呼び止めた。
「いってらっしゃい」
 振り返ると、あでやかな花がほころぶように御堂が俺に微笑んで、手を振った。

2017年8月12日にprivatterに置いたSSです。
ツイッターの診断メーカー『私は9RTされたら、御堂孝典の「ほら、じっとしてろ」で始まる小説を書きます(o・ω・o)』のお題で書いたものです。
実は書いたこと、すっかり忘れていました。甘い雰囲気を楽しんでもらえると幸いです。