どんよりと曇った秋の日の朝、私は前を歩く佐伯の背中を見ていた。
私たちの会社、アクワイアアソシエーションの業績は好調だ。
だが、小さな問題が起こることがたまにあった。
佐伯は自身の強引さが招いた苦情を処理するために取引先に向かっていた。後ろを歩く私の目的地は銀行で、行き先は違うが途中まで一緒に行こうと共に社を出た。けれど、並んで歩かず佐伯は前を、私は遅れて後ろを歩いている。
佐伯は不機嫌だった。腹を立てながら考え込んで足早になっている。そのせいで私は少しずつ引き離されていった。
佐伯の背中が揺れ動いている。佐伯は振り返らない。
振り返らない佐伯の背中が私を過去にいざなった。
あの時、私は呆然と声も出せずに佐伯の背中を見つめていた。
扉の向こうに佐伯が消えるまでの僅かな時間に薄暗い部屋が更に暗さを増した。闇が私の視界から佐伯を奪う。真っ暗な部屋の中、やがて、バタン! と大きく扉の閉まる音が響いて私は怯えた。独りっきりになった部屋で私は理由のわからない胸の痛みに顔を歪め震えていた……
「御堂さん!」
気づくと佐伯が両手で私の肩を支えて顔を覗き込んでいた。
「大丈夫だ」
俯いたまま答えて、落とした鞄に手を伸ばす。
「胸を押さえていましたね。予定を変えて病院に行きましょう」
「馬鹿を言うな。少し、ぼんやりしていただけで、体調は万全だ」
私はきっぱりと佐伯の提案を退けた。身を起こして視線を上げると表情をなくした佐伯が私を見ていた。
「佐伯、私は本当に大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ」
佐伯が腕を伸ばして私の身体を抱き締める。人通りはないが、往来で男ふたりが抱き合うのはどうかと思ったけれど、私は佐伯の手を振りほどけなかった。
佐伯に捨てられたあの日に初めて知った温もりが今、ここにある。
「時間に余裕があります。どこかでひと休みしましょう」
「そうだな」
優しい佐伯の微笑みに機嫌は直ったようだと思う。
空は曇ったままだけれど、私たちはふたり並んで歩き出した。