真夜中、ふわりと意識が浮上する。
うっすらと瞳を開いた御堂は薄暗い部屋を確認すると再び瞼を閉じた。瞼を閉じたまま寝返りを打って、隣りで眠る男の身体に手を伸ばす。だが、手に触れるのは少し冷たいシーツばかりで温かい愛しい男の身体はいくらまさぐっても手に触れなかった。
「佐伯……?」
寝ぼけまなこを擦りながら、身を起こす。
薄明かりの中、ベッドに視線を落とし、首を巡らせて辺りを見回し、御堂はようやく愛しい男、佐伯が部屋にいないことに気がついた。
時計を見ると午前3時。起床にはまだ早い時間だ。トイレに行っているのだろうと思い当たり、御堂は枕を背もたれにして佐伯が戻って来るのを待った。
「遅いな…」
5分たってひとりごちる。腹具合が悪いのか……声を掛けに行こうか? いや、もう少し待って見よう……
更に5分経ち、御堂は様子を見に行くことにした。
部屋を出るとダウンライトが灯る廊下を抜けてトイレを目指した。ひと呼吸置いてからトイレのドアをノックする。
中から返事はない。人の気配も感じない。
「佐伯?」
意を決して御堂はノブを回した。何の抵抗もなくノブが回る。鍵のかかっていないドアをそっと開くと御堂は中を覗き込んだ。
中に佐伯はいなかった。
ドキリと鼓動が大きく打つ。トイレにいない……
佐伯の名を呼びながら、バスルーム、佐伯の自室、御堂の部屋と家中を探し回ったがどこにも佐伯の姿はなかった。
「……会社かも知れないな。そうだ、携帯……!」
寝室に戻るとベッドサイドの棚に手を伸ばした。見ると佐伯のスマートフォンは社用と個人用のふたつが並んでいる。
「佐伯のやつ、携帯を置いていったのか……」
御堂は自分のスマホを手に取り、会社に電話を入れた。数コール後に留守電に変わる。機械音声を聞きながら、会社にもいないとなると果たしてどこに連絡をすればいいのかを考える。
佐伯の親友だというあの男か、佐伯が以前勤めていたキクチの元上司か?
佐伯がこんな時間に元上司の片桐といるとは思えないし、片桐が佐伯の居場所を知っているとも思えない。では自称親友か?
……夜中に佐伯があの男と会っている? 嫌な気持ちが湧き上がって御堂は頭を振った。
間違いが起こるはずがないとわかっている。ならば、友情に嫉妬していることになる。それはあまりに狭量で愚かなことだ。
佐伯も私が旧友たちと会うのを嫌がるが、あれは旧友たちが私を狙っていると本気で思っているからだ。佐伯は友情だと思っていない。それはそれで馬鹿げてるが……
「御堂さん?」
背後から声をかけられ御堂は飛び上がった。
「佐伯!」
「煙草を買いに行ってました。ついでにおにぎり買ってきたので朝食に食べましょう」
買い物袋をかかげたにこやかな佐伯に御堂は腹が立った。
「君は! 黙って出かけて……私が心配すると思わなかったのか!」
「すいません」
「ひと声かけるくらいできるだろう! 携帯もちゃんと持って行きたまえ!」
「昨夜、無理をさせたから起こしたくなかったんですよ。まだ少し声が枯れてますね」
唇に触れようとする佐伯の手を御堂は一歩下がって避けた。
「その手には乗らない。私は怒ってるんだからな」
「次からはちゃんと起こします。心から悪かったと思ってます」
軽い抵抗など物ともしない佐伯に抱き寄せられ、身を委ねそうになった御堂はわざと眉間に力を入れて睨みつけた。
「君は信用できない」
「寂しかったですか?」
「馬鹿を言うな」
「俺は御堂さんを置いてどこかに行ったりしませんよ」
「煙草を買いに行ってたくせに! そうだ、禁煙したまえ。そうすれば許してやってもいいぞ」
「それは駄目です。イライラしてあんたを酷く抱いてしまうかも知れない」
ああ言えばこう言う、脅しなのか冗談なのか真面目に言っているのか。
「本数を減らしますよ。もう夜中に買いに行ったりしません」
「本当に?」
「……買いに行くときは御堂さんを起こして声をかけます。本数を減らすのは本当です。まあ、最初は一日に二、三本くらい少な目で」
急に正直になった佐伯に御堂は小さく吹き出してしまった。目聡く御堂の機嫌が良くなったと察した佐伯が頬を寄せてくる。
「キスしていいですか?」
「キスだけだぞ。もう一度眠りたいからな」
ちゃんと釘を刺してから御堂は佐伯の唇にゆっくりと唇を重ねた。